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小学校登校拒否?原因は女の子のお友だち?先生の対応は?

小学生

先日、小学一年生の娘がお友だちのことで悩んで、朝、泣いて登校しませんでした。

心配しましたが、担任の先生がさっそく自宅まできてくださり、なんとか乗り越えていけそうです。

 

 優しい女性の先生が担任です

娘は前日の夜から様子がおかしかったのですが、朝、学校に行く10分ほど前になってクラスにこわい女の子のお友だちがいると言って、私の足にしがみついて震えながら泣き出しました。

これは限界だと感じ、小学校に電話して欠席させました。

 

担任の先生が心配してくださって、8時過ぎに自転車でわざわざ自宅に来てくださいました。

ひと目、娘に会って様子を見たいということでした。優しく熱心な女性の先生です。

娘を先生に会わせて私からも少しお話をし、先生は、夕方またもう一度来るからね、と言われて小学校に戻られました。

 

 女の子のお友だち関係

娘は、ひとりの女の子のお友だちがひどく怖いと震えて泣きます。

なにかと娘に文句をつけてくるのが多くて、それがすごく怖いのでした。

掃除のときのいすの持ち方が悪いとか、廊下で少し飛び跳ねただけで走っちゃダメだとか、

帰り道の集団下校で歩道橋の登りかたが遅いとか、他にもいろいろ娘の行動にきつくこわい声でにらみつけながら文句を言ってくるのだそうです。

ところが、よくよく話を聞いてみると、

そのお友だちは娘を嫌ってはいない、むしろ、娘のことが大好きらしいのです。

大好きなお友だちに、大好きだよという気持ちを素直に表現できないようでした。

そういえば、娘が幼稚園のときも同じような女の子のお友だちがいました。

 

 「大好き」が伝えられない・・・?

娘が幼稚園の年少組のとき、3学期後半になってだんだん元気がなくなったことがありました。

入園からずっと、ひとりの女の子のお友だちが、娘のほっぺをずっとつねり続けていたのでした。

その子は娘のことが大好きで、いつも娘といっしょにいた子でしたので、私はすごくびっくりして幼稚園に相談しました。

年中組ではクラスを別にしてくれましたが、年中組になってもトイレでまた娘のほっぺをつねってきたのでした。

幼稚園に相談しましたが、クラスをわけたからそんなことはあり得ません、とそれ以上相談にのってもらえませんでした。

 

解決しないうちに、年中組の同じクラスの他の女の子のお友だちが、娘の行動にいろいろと文句をつけるようになりました。

お弁当のおにぎりを、私はすりごまを混ぜたおにぎりにしていたのですが、

ゆかりを混ぜたおにぎりでなくちゃダメと言ってきたり、

手作りのお弁当袋のひもに、プラスチックの丸い玉留めをつけていたら、

そんなのつけちゃダメとか、お絵かきの描き方や、折り紙で作るものはこうしなきゃダメとか、とにかくうるさいのでした。

娘は萎縮して泣いて怖がりましたので、幼稚園にまた相談しましたが、全く聞いてはくれないのでした。

お友だち関係に仲介して、間に入って助けることは全くない幼稚園でした。

 

結局、娘は行き詰って怖がり、幼稚園に行けなくなり、その幼稚園をやめ、他の幼稚園に転園しました。

転園しても、病院やお店でその二人の怖いお友だちに出会うことがありましたが、

会えば娘に手を振って大声で娘の名前を呼び、娘が大好きな様子が伝わってくるのでした。

大好きなのはほんとうなのです。

 

 やはり先生の仲介は必要不可欠

転園した幼稚園は、子供たちの心を育てることを一番大切にしていたので、

お友だち関係に先生が深く関わり、必要なときは間に入ってコミュニケーションを助け、

良い交流ができるように熱心に仲介してくださったので、

娘は生き生きと園生活を送れました。何かあっても先生がすぐに相談にのってくださり、

親も安心でした。

 

今回、小学校でまた同じタイプの子に困り始めたわけですが、

担任の先生が、転園した幼稚園の先生のように、

子供たちのコミュニケーションには先生の仲介が必要という信念をもっていてくださり、

それは小学校全体の先生がたの校風でもあるようです。

担任の先生は、子供たちの語彙がまだ少なくて、このひと言を言えば伝わるのに、というようなことが多いので、

先生が間に入って言葉を助けることが必要だと語ってくださいました。

ママ友の中には、子供同士のトラブルは、子供同士でなんとかするし、なんとかなっていくから、

親は何も言っちゃダメという人もいます。

しかし、やはり大人が間に入って助けることは必要だということが、幼稚園・小学校の先生のお話からわかります。

親のエゴで子供たちの中に入ってよけいこじらせるのはいけませんが、

大人ができる適宜必要な言葉の助けがあるのです。

 

 優しさを学ぶ必要

小学校のその怖い女の子のお友だちは、クラスの他の子たちにも言い方がキツイそうで、担任の先生はそれがわかっていたそうです。

今までも先生は頑張ってその子に注意してきたから、いっしょに頑張ろうよと言ってくださいました。

このような子は、いくら注意してもなかなか変わらない、一年生で注意して三年生になって変わることもある、

六年生になってやっと変わることもあるとのこと。

学校以外の環境、つまり家庭の影響もあるからすぐ変わらないことが多いけど、それでも先生は注意し続けるのです。

 

転園先の幼稚園のときも、クラスにひとり威張った女の子がいて、娘が転園してくる前に、クラス中のお友だちに怖がられて嫌われてしまい、

先生がほんとに真剣に注意し、説得し、一生懸命向き合ってきて、娘が転園してきたときはだいぶ角が取れてきていました。

 

小学校の同じクラスの怖い子は、三姉妹の真ん中で、家庭で女子のバトルをかなり味わっているとのこと、その影響が大きいらしいのです。

心優しいコミュニケーションは、自然に湧いてくるものではなく、

家庭や学校で優しさを受けて、優しくしてもらって初めて、優しい言葉かけや優しい態度を学ぶことができるのです。

大好きだと、自分の存在を丸ごとぶつけてしまって、どのように接したら相手が嬉しいか考える余裕がないということがあるのでしょう。

 

 私も経験あります

 

私が小学生のとき、男の子が笑いながら体操着袋をブンブン回して私の顔にぶつけてきたことがありました。

私はもちろん泣き、男の先生がその場で男の子を叱りました。

すると、男の子は何も反抗することなく、いともあっけなく泣き出したので、かえって私はびっくりしたのでした。

先生は男の子の話を聞いてしばらくして私のところに来て言いました。

「あなたのことが好きなんだって」

驚きましたが、なーんだそういうことだったのお~と、それからその男の子と私たち女の子グループですごく仲良く楽しく学校生活を送りました。

男の子なら、大好きが素直に伝えられないっていうの、わかりますね。

 

もう一つあります。大学時代のことです。私になにかといじわるなことをいいながら4年間ずっと私についてきた女の子のお友だちがいました。

卒業間際に、いつものようにいっしょに食堂でランチを食べたのですが、

食べる直前に彼女がトイレに立ちました。私は彼女が戻るまで、食べないでボーッと待っていました。

彼女は戻ってくると、驚いて「待っててくれたの?」と言いました。

私は「うん」と答えて笑っていました。

すると、彼女は「優しくされると優しくできるのよね・・・」

とつぶやいたのです。

彼女は優しさを必要としていたのでした。

私がきらいでいじわるを言っていたのではなかったのでした。むしろ、私のことが好きだったのです。

「大好き」を素直に表現できなかったのでした。

 

 まとめ

昔、マザー・テレサが「愛の反対は無関心です」と言いました。

ほんとうに冷たいと、いじわるさえしない、ということですね。

まわりにつらく当たる人は、その人自身、さみしさを抱えているのかもしれない、痛んでいるのかもしれない、

ほんとうは愛や思いやりをすごく求めているのかもしれないですね。

聖書の次の言葉を実践できる生き方をしたいものです。

『悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。

あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです。(新約聖書 ペテロの手紙Ⅰ 3章9節)』

また、聖書は次のようにも書いてあります。

『神は真実なかたですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。

むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(コリント人への手紙Ⅰ 10章13節)』

お友だちに困ることもありますが、理解ある先生も備えられました。

小学校の先生は、娘がたまには小学校を休んでリフレッシュすることが必要だと理解してくださいました。

母の私も、度重なるお友だち試練を娘とともに通ってきて、

抱っこしただけで娘の体調の良し悪しがわかるほど、娘との絆が太くなりました。

試練とともに脱出の道が確かにあります。

これからも家族全員、柔らかい気持ちで生きていきたいと思います。

 

 

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